[干柿] アーカイブ
2007年12月25日
- 蔵王おろしの寒風が旨さを引き出す。上山の吊るし柿
山形県上山(かみのやま)の紅柿、干柿物語

皮を剥いて干し始めた頃 乾燥して20日ほど経過し色鮮やかに
今から300年ほど前、宮川が大洪水にあって、三関根村も泥水に浸りました。
上関根の庄屋・川口久右ェ門さんでも、使い川が泥いっぱいになったので、川ごみをさらって小屋の傍らに積み上げておきました。ある日、赤い翼の小鳥が萱平の方から飛んできて遊んでいました。
やがてこの川ごみの中から小さな柿の双葉が出てきました。川口さんがこれを大切に育てると、赤い柿の実がいっぱいになりましたが、余りに渋いので上山の出湯に浸すと、甘柿に変わりました。それ以来、村の人はその柿の種や、さし木、根分けなどをしてもらい、近くの山里・関根郷はおいしい紅柿の産地となりました。
紅柿の発祥は、現在も三上の川口 敏さん宅(写真 旧川口久右ェ門家)にある原木がはじまりとされています。ここでしか取れない紅柿は上山を中心に、山形市・天童市・山辺町の一部などで栽培されますが、上山市内旧本庄村(三上・相生・関根)が本場の生産地です。
明治時代にはこの地区は三関根(上関根・中関根・下関根)と呼ばれ、紅柿は俗に関根柿とも言います。関根柿は、天保年間の(上山名産名所番付)の前頭4枚目に載っており、江戸時代中期ごろには既に名産物になっていたと思われます。
昔は干柿にもしましたが、上山の出湯で支部を抜き、街をまわって売り歩いたそうです。本格的に干柿を作って販売するようになったのは、戦後のこと。お菓子のない時代、甘い食べ物として、珍重され、産地化していきました。
上山市市報から抜粋

紅柿32個入り

種無し蔵王つるし32個入り
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http://www.ajfarm.com/kaki_dry.html
2006年12月08日
- 蔵王おろしと北風が渋柿をあまーい干柿に変える!
蔵王雪で真っ白くなり始めた頃蔵王から吹き下ろす冷たい風が、オレンジ色の“のれん”を揺らしている。
東京から山形新幹線で三時間弱。山形県上山市あたりの車窓からは、刈り取りの終わった田んぼや畑の周辺の家の軒下に、柿がつるされている光景を、目にすることができる。
「蔵王に雪が降ったら、柿むきを始めてもいいよ、という合図なんですよ」と家族四人総出で、十月下旬から干し柿作りに取りかかっている。
一日平均一万五千個の柿をむき、ヒモに二十個ずつ、くくりつけ、のれんのように屋外につるして乾燥させる。
干し場の条件は、風通し。特に蔵王おろしの風が当たり、地下水の高くない場所がよいとされる。地下水の蒸発による湿気も干し柿には大敵になるからだ。
二週間から二十日干した後、室内でさらに乾燥させ、白粉(しらこ)を出す作業が行われる。これでやっと甘くておいしい「干し柿」が出来上がる。


かつて干し柿は、自家用に各家庭が作っていたが、終戦直後の甘いものがない時代に珍重され、産地化されていったという。山形県はサクランボの産地としてダントツに有名だが、柿も県別生産量は常に全国の上位(昨年は九位、約一万二千トン)を占めている。
干し柿になるのは紅柿と平核無(ひらたねなし)。ともに渋柿で、渋いほど甘くおいしい干し柿になるともいわれている。これらの柿は、「紅干柿」「蔵王つるし柿」の名称で、山形県内はもとより、北海道から関東、関西まで、広く出荷されている。

初冬の日差しを浴びた柿は、まるでオレンジ色にキラキラ輝く宝石のようだ。
「二十日くらいまでをめどに柿の皮むき作業を続けています。今は休みはありませんよ」と生産農家では、ほかにラ・フランス(洋ナシ)、サクランボ、ブドウなど色々な農作物を栽培している。
干し柿は、年の最後を締めくくる作業。今年できた干し柿が市場に出回るころには、蔵王は深い雪に覆われる。
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おいしさいっぱい、暮らしが元気。