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山形日記

世界一になった山形の小さなクラゲ水族館のお話し

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危機からクラゲ展示世界一になった山形の小さな水族館  加茂水族館


「世界一のクラゲの水族館」として有名になった鶴岡市の加茂水族館が世界一になったのは2005年のことです。超大型で世界的にも有名なモントレー水族館(米国)のクラゲ展示数17種類をぬいて、21種類のクラゲを展示して展示種類数世界一になった。

 

事の始まりは1997年にサンゴの水槽で偶然クラゲが発生して、クラゲの展示をはじめてみたことから。そして、この頃の入場者数は過去最低の年間9万人という事で、倒産、閉館の声も上がっていた頃です。

だからクラゲのパワーにはまだ誰も気づいていない頃です。

 

2000年3月にクラゲの展示室「クラネタリウム」と命名してアピールはじめ5月にクラゲの展示数12種類となって展示種類数日本一となった。2002年には第1回クラゲサミットを開催している。この頃から意識的にクラゲの水族館として動きだしたとみられるが、まだまだローカルの失礼ながらいつ廃業となっても不思議ではない小さな水族館でした。

 

 

 

 

ついにクラゲ展示数でギネス世界一に認定される


そしてその5年後2005年ついに世界一のクラゲ水族館となったことを内外に発表していたが、大きな反響とはまだ言えなかったが、村上館長はじめスタッフの皆さんは地道な努力が続けられていました。

 

大きな変化はその5年後から立て続けに訪れます。

 

入館者数が2010年3月にクラゲ展示をはじめた1997年の9万にから21万人余りと過去最高を記録しました。そしてクラゲのつながりでノーベル科学賞受賞の下村脩先生が加茂水族館を訪れて日館長を務めるなどの話題も大きく広まりました。

 

2012年にはクラゲの展示種類数でギネス認定されました。こちらも大きな話題になり翌年には入場者数最低の9万人の3倍27万人の入場者を数えます。地方の小さな水族館がありえない現実を巻き起こしたのです。

 

2014年6月には既存施設の2倍以上の広さの展示を誇る新館がリニューアルオープンとなったのです。オープン以来、満員の大盛況で全国からのお客様が連日、長蛇の列を作ることになったのです。従来の駐車場は満員、離れた臨時駐車場からバスによるピストン輸送で対応しました。一年間で過去最高記録の83万人を超える入場者がありました。

 

館長を務めて48年になる村上龍男館長は「落ちこぼれ水族館」と呼ばれ続けられてきた過去をふりかえり「あのころが夢だったのか、今が夢なのか体験した自分としては落差がありすぎて夢の続きを見ているようなあやふやさがある」と感慨を語られています。「館長さん」と地元の人たちに誰からも親しまれてきた村上さんの人柄がうかがわれるところです。

 

 

 

 

加茂水族館 山形 味の農園

2014年6月従来の約2倍規模の新しい施設クラゲドリーム館がオープン!

 

 

 

山形の経営危機にあった小さな水族館が世界一になるまで


私がまだ子供のころ1960年代この加茂水族館は輝いていました。いや輝いて見えました。小さな水族館だなんてまったく思ったこともありません。その頃はまだ時代の先端をゆく水族館ではないにしても、子供たちにとってそれは、それは立派な水族館だったのです。そして、その頃から加茂水族館の館長は今と同じ村上龍雄さんでした。

 

加茂水族館には確か酒田市では小学3年生の遠足でいくのでしたが、その頃はその水族館しか知りませんから今では、時代遅れのコンクリートむき出しの小さな水槽の魚もすごかったし、ペンギンやアシカを見るだけで驚き、輝いて見えました。

 

その後、年月が過ぎていく中で交通も急速に発達し、県外にも大きな水族館が出来ていきましたから、地方の名もない水族館は急速に衰退していくのがみて取れました。

 

そして、日本でもこれ以上小さい水族館はないとまでいわれた「落ちこぼれ水族館」子供のころ見た輝かしい水族館が時代から置いていかれるのは、実に悲しいことですが、実際、時間が過ぎて自分が家庭を持ち子供たちを連れて行きたいのは、マグロが泳ぐ水族館であり、サンシャイン水族館のような大都市の大きな水族館だったこともしかたのない事実です。

 

村上館長は、加茂水族館が世界一になるまで世界一だったアメリカのモントレー水族館に視察に行った副館長の視察報告を受けて語っています。「向こうが帝国ホテルならこちらは犬小屋だけどいつかはやってやると、そのとき負けん気に火がつき来ました」と、このころ本気のスイッチがオンになったことを語っています。

 

世界一のクラゲの水族館になっていなかったなら、きっと無くなっていた水族館だと思うのはわたしだけではないでしょう。

 

 

当時の苦労話を館長48年目になる村上館長、が当時をふりかえります


当時は1万円のものさえ買うのに躊躇していた貧乏のどん底で、クラゲの魅力に憑りつかれたと言っても必要な機材の購入は殆ど不可能だった。何もしてやる事が出来なかった私を尻目に若い職員が創意工夫で立ち向かってくれた。

 

クラゲの餌になるアルテミアさえ倹約してくれと指示した。真っ暗闇の向こうに見えた小さな光に向かってしゃにむに突き進んだが、すべてが難しくまた初めての経験で何もわからなかった。しかしそれがまた面白かった。

 

クラゲの展示で入館者が回復したのは事実だが、急激な伸びを見せたのは平成14年4月鶴岡市に買い取られてからだ。普通なら民間から市に移れば難しい制度が壁となって業績は落ちるはずだったが。

 

加茂が逆になったのはなぜだろう。それを一言で言い表せば無法者館長が難しい制度と真っ向勝負したからだと思っている。館長とは言っても与えられている決済権は50万円まで(のちに60万)だった。

 

それをこえる工事や設備は市がするという約束だったが、実際はどこも同じだと思うがお役所には金がないのである。ぼろぼろの水族館を市が買い取ってくれたのは嬉しかったが、それを補修したり設備投資をしたり魅力をアップするお金を出す事は無かったのである。

 

ならばどうしたかと言うと、職員に号令をかけて「皆で一生懸命努力して稼ごう。その金で自分たちのやりたいと思う事を実現しよう」と呼びかけた。皆が必死の努力をしてくれた。

 

自称「無法者」という村上館長は、新館がオープンして入場制限しないといけないほどの人気にも、不自由をかけて申し訳ないと謝っていることも村上館長らしいことです。

 

 

世界一になった、日本一小さい水族館、クラゲ水族館のあゆみ


 

 

  • 1997年サンゴの水槽で偶然クラゲが発生し展示9万人倒産の危機

 

  • 2000年 「クラネタリウム」と命名、展示数12種類で日本一になる

 

  • 2005年 クラゲ展示数世界一に(21種類)、超大型モントレー水族館(17種類)を抜いたことを内外に発表。大きな反響は観られなかった。地道な努力が続く。

 

  • 2010年 クラゲ展示に力を入れ、地道な努力で入場者数が21万人に、ようやくクラゲ展示が認知されだした。

         ノーベル賞の下村脩先生が1日館長の話題が取り上げられはじめると27万まで入場者数がふえました。

 

  • 2014年6月リニューアルオープン 入場者数年間50万になる

 

 

  • 2016年7月、リニューアルから入場者数が通算150万人になる

 

 

 

水族館 山形 味の農園

加茂灯台からの眺望、日本海と鳥海山

 

 

 

 


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