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くだもの歳時記

有機農業に関わる人参ジュース製造工場 取材日記

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津南高原農産 社長 鶴巻さんは東京生まれ 


昭和24年、鶴巻さん一家は津南高原の開拓地に鍛治屋として東京から入植した。鶴巻さんが10歳の時だったいう。


農家として入植したのではないため、農地の配分を受ける資格はなかった。しかし、農地に転用される前の山林を地主から買っていたため父親は農地を得た。条件の悪い場所で、水利権の問題などから旧村民の反発もあり苦労は多かったらしい。


中学校を出て、一旦は東京に就職したが、体を壊して田舎に帰った。それと前後して父親が体を壊し、鶴巻さんが農業を継ぐことになる。


若い鶴巻さんは開拓農協の運営や行政の営農振興策を批判した。若造のくせに生意気だとも言われた。 


それが災いしてか昭和38年、父を亡くして家を継いだ25歳の鶴巻さんが、倒産状態にある開拓農協の組合長になるはめになる。 

 

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津南高原の春は雪解けとともにやって来る。一気に忙しくなる山里の景色


 

 

開拓農協の組合長として組合を精算する


負債問題で行き詰った開拓農協を解散させるための組合長である。  組合長になると、直ちに開拓農協の業務を停止させ職員も全員解雇して事務所も引き払った。当然、鶴巻さんは無給である。 


開拓農協は完全に破産状態だった。様々な制度融資が農家に直接ではなく開拓農協を経由した転貸であったため、返済をしていた人の分の返済金も開拓農協が組合の役員や職員の給料などの経費として喰ってしまうという状態だったのだ。 


津南高原は県で一番大きな開拓地ということもあり、国や県の振興策が矢継ぎ早にとられていた。農業振興策が返済義務の無い補助金によっていた時代から、融資中心の農業振興に変わっていく中で出てきた負債だった。補助金体質が抜けなかったのだ。 


憎まれたり恨まれたりもすることもあった。それでも、鶴巻さんの組合長としての手腕と経済成長にも助けられ、組合長就任から10年後に開拓農協の精算と組合員の負債整理は片付いた。

 

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津南高原農産が生産するにんじん畑、農薬1回使用の栽培方法を貫く。


 

 

冬は出稼ぎで生計を立てる


その当時、鶴巻さんは冬期間、東京の下丸子にあった三菱重工の工場へ出稼ぎに出ていた。休日の度に東京や神奈川の団地自治会や、消費者グループを訪ね歩いた。鶴巻さんの訪問に東京の主婦たちは共感してくれた。


そこでの出会いが鶴巻さんを中心とした津南町の産直と有機農業運動のきっかけになった。昭和44年、減反が始まる頃のことだ。消費者運動や団地の自治会活動が活発になる時期とも重っていた。


 

鶴巻さんは村の仲間を集め、津南高原農業生産組合を組織した。トラックを買い、津南町から東京や神奈川の消費者に、7、8時間もかけて自ら野菜を届ける産直だった。東京の提携先の人々は新興のスーパーや卸なども紹介してくれた。 

 

 

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にんじんジュースの近代的でしかも高度な製造ラインを設備するまでは長い年月がかかった


 

 

 

日本有機農業研究会の創立に参加


農林省を経て全中の常務まで務めたうえで、農協運動批判として日本有機農業研究会の発足準備をしていた故・一楽照雄氏に請われてのことだった。


一楽氏は、津南高原農業生産組合と神奈川県の消費者グループ・辻堂団地食品の会との交流を記録した「辻堂団地食品の会と津南高原農業生産組合」という映画を見て鶴巻さんに有機農研への参加を求めてきたのだ。一楽氏は鶴巻さんにこう言った。 


農協や行政や学者などというものは本当にろくでもないものだ。そんな人々の言葉や支配から自由になって、作る人と食べる人たちとの声が直接つながる以外に農業の問題は解決しないのだよ。君たちと辻堂団地の人達との交流こそがそのひな形になるのだ」 


鶴巻さん自身は、始めから有機・無農薬にこだわりを持っていたわけではない。ただ、自分たちの農産物を欲しいと言ってくれる人達の希望に応えようとしただけだった。


 

その後の有機農業研究会の活動では、有機・無農薬の部分だけが一人歩きしてしまったが、鶴巻さんは「有機農業運動」の本質は、農家が経営者として自己確認をしていく運動だったことを忘れるべきではないという。 


産直を通じた自分を必要としてくれる人々との出会いが、鶴巻さんを単なる農民から農業経営者へと変えていったのだ。必要としてくれる人々との出会いを通して、行政や農協の指導のまま売り先のない農産物を作り続け、借金だけが残っていく「作るだけの農民」の存在から脱出することの喜びが大きかった。


自家菜園で作っている農薬をかけない野菜や完熟で収穫したトマトを欲しがる人々がいることなど、その交流の中で知ったことだった。 

 

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製造工程の重要なところには高度の製造設備を惜しみなく整えて位案に応えるという


 

 

無農薬栽培ではじめた産直


最初に届けた野菜は自家用の野菜の余りを持って行くようなものだった。無農薬での栽培を含め、無理だと言いたくなるような提携先の要望に応えようとして試行錯誤を繰り返した。でも、提携先のグループもそれに応え、新たな販売先の紹介だけでなく、不作の時には文字通り助けてももらった。 


辻堂への産直はトラックで5年間続けた後、宅配便を使って現在にいたるまで20年以上にわたって続いている。 それは、鶴巻さんにとっての産直や有機農業の原点であるとともに、経営者・鶴巻義夫の原点なのである。


現在の有機農産物ブームも、単に商品としての有機農産物あるいはオーガニック野菜の基準という側面だけがクローズアップされている。農業と食の循環、あるいは環境や日本農業の永続性といった本質的問題がないがしろにされたままに。 

 

 

 

有機農業の問題点とHACCP問題はリンク


また、鶴巻さんは、現在の有機農業の問題点はHACCP問題とリンクしていくと考えている。 


HACCPとは食品衛生管理技術の考え方であり、今、厚生省が中心になって普及させようとしているものだ。これは、もともと宇宙船内の細菌感染予防システムに発しているものであり、食品の生産・製造・加工・保存・流通・消費に至るまで、文字通り農場から食卓まで、その過程で生じる可能性のある細菌・微生物のすべてを減菌するという究極の食品衛生管理技術である。 


農業というより、その土台となる土、そして人も動物も植物も全て細菌や微生物との共生なしに存続してないという事実はどう考えるのか。そもそも、子供たちのアレルギーや様々な細菌に対する抵抗力の低さが、衛生技術の進んだ先進国でこそ目立つことはなぜなのか。


有機農業生産者ばかりでなく食にかかわる全ての者が、もっと本質的に問うてみる必要があるテーマなのではないか、と鶴巻さんは話していた。 


有機農産物への人々の期待や衛生への要求などは、いかにも合理的である。しかし、それは時に煽られた感情的な議論であることも無いとは言えない。無疑問にそれを進めて行くことが、結果として、我々をあらしめている自然の摂理から離れていってしまう危険をはらんでいるのだ。 


 (以上出典:農業ビジネス「顧客に試され お天道様に裁かれる」1998年6月1日より抜粋して掲載)

 

 

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工場の衛生管理の基本は洗浄を徹底的にすること、一日に何度も機械洗浄することもある


 

 

鶴巻社長は有機栽培、やさい生産産直の先駆者


津南高原農産で使う原料は、自社栽培と、地元の数件の契約栽培農家が栽培したもの。 水と空気がきれいな自然に恵まれた津南高原で採れたものを中心に厳選して使用しています。


原料の栽培方法は、 お客様に安心安全なものを食してもらえるように、時間と苦労を惜しまず、 無農薬栽培と極力農薬や化学肥料を使用しない低農薬栽培です。


その品種にもこだわり、現代の技術で育てやすいように品種改良されたものではなく、昔ながらの品種を自社で苗から育てています。 栽培するのに苦労の多い昔ながらの品種を使うのは、ジュースに加工したとき一番美味しくなるからだそうです。

 

 

 

豪雪地帯ならではの工夫 雪室を駆使する


そして、環境を考えたエネルギーや資源の利用も行っています。 ジュースに使わない果汁以外の皮や芯などの不要な部分は処理して堆肥にします。それを自社の畑で有機質の肥料として再利用しています。


 また、豪雪地ならではの自然をいかし、冬に降り積もった雪を利用した雪室を自然の冷蔵庫として原料などを貯蔵するのに役立てています。豪雪地帯ならではの取組みです。


津南高原農産は地元で活動する企業として、地域に還元する事業を目指し、できるだけ地元の材料を使って地元のスタッフで作ることに努めているそうです。


地元が元気になるように、地元のよさを生かして、地元に何かを残せるようにとジュースなどの農産加工品を作り続けている企業であり、有機栽培をに古くからかかわってきた農業生産者なのです。

 

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にんじんジュースの原料人参はすべて人の手よる手剥きによって処理される


 

 

 

有機農業に関わる人参ジュース製造工場 まとめ 


鶴巻さんは若いころから津南高原の開拓農業に携わるが苦労続きの末、倒産状態の開拓組合の精算までしていくことになってしまう。


以下に鶴巻さんの有機農業に関する意見をまとめてみよう。


JAS有機も含めオーガニックや、有機農業と呼ばれている農業は法律で縛れるほど、簡単な問題ではない。じつは本質を置き去りにして有機という言葉だけが独り歩きしている。


机上の理論だけに頼った有機農業は多くの矛盾を抱えているいることは明白であり農業というより、その土台となる土、そして人も動物も植物も全て細菌や微生物との共生共存なしに存続できないという事実はどう考えるのか。


そもそも、子供たちのアレルギーや様々な細菌に対する抵抗力の低さが、衛生技術の進んだ先進国でこそ目立つことはなぜなのか。


有機農業生産者ばかりでなく食にかかわる全ての者が、もっと本質的に問うてみる必要があるテーマなのではないか、農業はもっともっと深いテーマなのではないのか。

 

 

 

 


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