佐藤錦の誕生が山形さくらんぼ発展の原点|味の農園
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山形さくらんぼ発展と佐藤錦

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さくらんぼ全国生産の約75%


サクランボ(桜桃)が日本に渡来したのは明治元年のこと、山形県へは明治8年に入ります。それから24年後、佐藤錦は大正元年に誕生することになります。


この時は全国で試作されたのでしたが、山形県のほかではほとんどが霜害・梅雨・台風被害のため失敗。被害が比較的少ない山形県だけが実績を上げることができたのですが、時代背景的には米、穀物などの基礎食料が優先でした。


果物ではリンゴ、梨などの大衆消費が重要であり嗜好品的な果物、サクランボには当然、重要性が無かった時代でした。佐藤錦の登場で市場は一変しました。黄色いさくらんぼから赤いルビーのサクランボへ大転換したのです。


佐藤錦は今までにない生食用に適した特徴がありました。完熟の甘さは生食用にうってつけの美味しさがあったのです。今までの品種とは全く違っていました。もう一つ豊かさを求め高度成長の国内事情が拍車をかけました。相まって宅配便の登場も見逃せません。日持ちの悪い完熟さくらんぼを翌日配達するシステムが佐藤錦には必要だったのです。


その後さくらんぼ栽培はリンゴ、洋なし、桃などの果物とともに山形県内で普及し、官民一体となっての努力も実り、現在、山形県のさくらんぼ生産量は全国生産量の75%を占めるまでの「さくらんぼ王国」となっています。


そこには大正元年に佐藤栄助氏による佐藤錦の誕生が大きくかかわっていることは疑う余地がありません。

 

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佐藤錦は食味見た目も美しい品種。生食用に


 

佐藤錦 生みの親 佐藤栄助氏


大正元年に佐藤栄助氏(1867~1950年)は、日持ちはよくないが味のいい「黄玉」と、酸味は多いが固くて日持ちのいい「ナポレオン」をかけ合わせてみる。この未知なるものはやがて実を結び、氏の夢をはらみながら、すくすくと育ちます。


やがて実った実から種をとり、それを翌年にまいて50本ほどの苗を作り、その中から葉が大きく質の良さそうな苗だけを選び抜いて移植し、約20本を育てることにしました。 いよいよ10年後の大正11年に初めて新しい木に実が成りました。


これこそ世紀の発見「佐藤錦」の命名もまだされていません。「食味も日持ちもよく、そして育てやすいさくらんぼ」の夢に手が届きそうな実ができて、ここで氏は、さらに良いものを選び抜き、最終的に一本にしぼって原木にすることになりました。


大正元年から苦節16年、ここに山形生まれの比類なき品種「佐藤錦」が誕生したのでした。この秀逸な品種「佐藤錦」誕生には長い年月をささえる育種家の執念があったからこそでした。


それは佐藤栄助氏は、さくらんぼの品種改良に夢をかけていたというのも、明治時代は「日の出」「珊瑚」「若紫」などを栽培していました。それらの品種は、せっかく収穫しても日持ちが悪くて腐らせたり、出荷の途中で傷んでしまったりと散々なものでした。何とか秀逸な品種をつくりだしたいと一途な信念があったからこその賜物だったのです。

 

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佐藤栄助翁と子供たちの像(さくらんぼ東根駅)


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佐藤錦育ての親 岡田東作氏


この時までずっと栄助氏とともに情熱を傾けてきたのが、友人であり苗木商を営んでいた岡田東作氏。岡田氏はこのすぐれた新品種の将来性をいち早く見抜き、昭和3年に「佐藤錦」と名づけて世に広め、実質的には育ての親となり普及しました。


生みの親、佐藤栄助氏、育ての親、岡田東作氏のふたりの信頼を示すほのぼのとしたエピソードも残っています。この「佐藤錦」を命名する際、はじめに佐藤氏は「出羽錦」との案を出したらしいのです。これに岡田氏は反対し、「開発者の名前を入れた『佐藤錦』がいい」と押し通したというお話も残ってるほどなのです。


この後、佐藤錦は少しずつ出荷量を伸ばし、昭和50年頃から生食用の需要が高まって徐々に全国区に躍り出ることになります。生食専用品種の佐藤錦その特長は、見た目がきれいな鮮紅色で光沢もあること。甘みが多く、果皮が厚くて遠地輸送にも耐え、さらに収量が安定していることなどです。


また重さは1粒7~8gだが「サトウのように甘くて美味しい」という評判が後押ししていました。近年は栽培技術も向上して大粒傾向になり12~13gの大玉も多く出まわっている。現在では山形県のサクランボ生産量の約8割以上が「佐藤錦」といわれるほどに普及しています。これは驚くべき圧倒的なシェア―といえます。

 


佐藤錦の園地、収穫直前の様子

 

さくらんぼ発展と佐藤錦まとめ


佐藤錦は少しずつ出荷量を伸ばし、1970年代頃から生食用の需要が高まって一気に全国区に躍り出る。今まで缶詰加工一辺倒だったサクランボのニーズが変化を見せはじめます。


そこには生食サクランボで魅力を発揮する新品種「佐藤錦」の登場と「鮮度がいのち」である生鮮食料品を全国にスピーディーに配達するヤマト運輸の「宅急便」(昭和51年誕生)の出会いも見逃す事はできません。


宅急便の誕生でさくらんぼの生食用の「佐藤錦」としての価値が一気に全国規模に広がっていくのです。そして1980年代の「グルメブーム」、バブル経済も追い風になりました。さくらんぼの中心品種として佐藤錦は徐々に生産シェアが高まります。6月から7月にかけての初夏の果物として全国的に認知が深まり、高価なギフトはバブル時代にはぴったりの贈り物としての地位が確立されていきます。


このようにして「佐藤錦」という品種によって山形は「さくらんぼ王国やまがた」に上りつめていくのです。20世紀最高のさくらんぼ品種といわれる理由も缶詰加工用さくらんぼから生食用に大転換した佐藤錦の実力によるものといえます。

 

参考:おいしい山形推進機構事務局 山形県農林水産部6次産業推進課


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